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    豊臣秀吉埋蔵金は
    実在するのか?

埋蔵額NO.1と言われる
豊臣秀吉埋蔵金は
実在するのか?

多田銀銅山に眠る
豊臣秀吉埋蔵金

兵庫県の多田銀銅山で語り継がれている豊臣埋蔵金。多田銀銅山埋蔵金伝説について文献や巻物.絵図などが見つかっています。他の伝説よりも充実していることから学者の間でも注目の的です。昭和のはじめ、『秘蔵書を見た』といった新聞投稿があり日本中を騒然とさせました。こうして豊臣埋蔵金の存在は一気に知れ渡ったのです。

総額200兆円?

秀吉には数々の黄金伝説があります。大阪城内に作ったことで有名な黄金の茶室をはじめ、庭園の飛び石を金で作らせた、城内のあらゆるところが金の装飾で覆われていた、諸大名へ金銀あわせて3万5千枚をばらまいたなど、エピソードは多数です。巨大な経済力を背景に天下統一をしたとされる秀吉。多田銀銅山に眠る埋蔵金は4億5千万両ともされています。現在の貨幣価値で200兆円です。埋蔵金の他にも多田銀銅山には金塊3万貫(112.5トン)が埋められていると記した文書が残っているのだとか。本当ならば、総額約5京円!天下人・秀吉ならではの、黄金伝説は桁外れともいえるでしょう。

秀頼に財産を残すために

天下統一後、全国の鉱山から金を発掘させた秀吉。蓄えられた金は、莫大な量になりました。晩年の秀吉は、重い病に倒れ自分の死期が近いことを悟ります。まだ幼かった秀頼へ財産を残すため、多田銀銅山に財産を隠そうと考え配下の幡野三郎光照へ命じました。無数の坑道に黄金を運ばせ、21カ所に分けて埋蔵させます。大阪からも近く石見銀山などよりは知られていない、埋蔵場所に最適であると考えた結果が多田銀銅山だったのでしょう。

 

ロマンか?
根拠のない作り話か?

まだ誰も見たことのない豊臣埋蔵金。「秘文書を見た」という情報だけで、学術的に鑑定された物は残っておらず豊臣埋蔵金に関しては謎が多いのも事実です。果たして、日本最大のロマンなのか?はたまた作り話なのででしょうか?学者の間では、賛否両論があり伝説は伝説のまま語り継がれています。

古文書の誤読による勘違い

古くからの伝承ではなく戦後に降って湧いた話である、温存していた鉱脈のことを記した古文書が誤読され鉱脈は埋蔵金にすり替わって独り歩きしたのではないか、などいくつかの説もあります。『大阪城には4億5千万両がある。当面は必要がないから多田銀山の採掘を中断し、将来必要になった時のために鉱脈や採掘方法を後世に残しておく』と記されていた、と話した学者もいました。さらに、「多田銀銅山の豊富な鉱脈がいつしか埋蔵金伝説にすり替わったのではないか」と唱える人もいます。

豊臣埋蔵金には不明点が多数

家康が天下をとったあと、豊臣家の財産を散財した話は有名です。家康が命じて掘り起こしたとされる埋蔵金は見つけ出すことに成功します。しかし、4億5千万両とされる多田銀銅山の埋蔵金は発見されないままでした。江戸時代~昭和にかけて度重なる探索を経ても一欠けの金も発見されていないことから、作り話ではないかとも言われています。4億5千万両ともいえる財宝をどのようにして運んだのか、豊臣天下がたった2代しか続いていないなど、そもそも莫大な財産自体なかったのではと不明点も数多く残されているのです。

 

まとめ

いくつも残されている数々の埋蔵金伝説。その中でも『豊臣秀吉埋蔵金』は桁外れの埋蔵額と言われています。金脈を発見したことや秀吉の黄金伝説が数多く存在するため、一概に作り話とは言い切れないようです。もしかしたら、本当に巨額の埋蔵金が眠っているかもしれません。秀吉の黄金が姿を現す日はくるのでしょうか。

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