銀座があるなら「金座」や「銅座」はあるのか?

NEW
銀座があるなら「金座」や「銅座」はあるのか?

東京にある銀座は様々な商業施設が集まっており、現在の日本の中でも非常に有名な地域です。 もっとも銀座があるなら「金座」や「銅座」もあるのでしょうか?今回は、銀座の名前における歴史的な由来を中心に金座や銅座について、詳しく解説していきます。

「銀座」の名前における歴史的由来について

そもそも銀座の名前における由来については江戸時代までさかのぼります。

徳川家康がひらいた江戸幕府では、お金を取り扱う勘定奉行のもとで銀貨の鋳造が行われていました。1601年に徳川家康は伏見銀座を創設し、その当時有力な商人のもとで銀貨の鋳造を開始したのがはじまりといわれています。 

関ヶ原の戦いが終わり実質的な権力を手中に収めた徳川家康は、後藤庄左衛門、末吉勘兵衛に銀座取立を命じて、銀座の周辺地域に関連施設や座人の屋敷などを建築しました。これが現在でも有名な銀座の名前の由来です。

一時は大阪や京都などの当時でも経済的に中心地であった場所や、海外との窓口であった長崎などにも銀座がおかれたことがあります。しかし最終的には江戸幕府の中心地である江戸に統一されて、明治時代に廃止されるまでの長い間銀の買い入れから鋳造など、銀に関わることをすべて取り扱っていた組織です。

貨幣を中心に取り扱う重要な組織であったため、そこで働く役人も非常に羽振りが良く経済的に豊かな人が多かったと記録が残されています。そのため銀座があった周辺地域には、呉服店などの商業的な施設が集中しており、多くの人々が行き交うにぎやかな街だったそうです。 

今の銀座に高級ブランドなどの商業施設が点在しているのも、こういった過去の名残が残っているといえるのではないでしょうか。

 

金座や銅座はあるのか?

「銀座」は江戸幕府が設置していた組織の名前が由来でした。そこで気になるのは銀座があるのであれば「金座」や「銅座」などもあるのではないかです。そこで以下では、それぞれについて詳しく解説していきます。

金座について

実は金座という地名も現在の日本に残されていることはご存じでしょうか。

昔金座があったとされている場所は、現在日本本石町との名前になっており日本銀行の本店がたてられています。また銀座と同じく金座も、江戸時代に京都と佐渡(現在の新潟県)、そして駿府(現在の静岡県)におかれていたことがわかっています。 

そして駿府にあった金座は、現在静岡市葵区金座町になっており、東京の銀座と同じように名前が受け継がれているのです。また銀座と同じように日本銀行の静岡支店がたてられているのも、金座と銀座をつなぐ共通点になります。

銅座について

銀座や金座と同じく銅座という地名についても、現在の日本にまだ残されています。

金や銀と同じように銅も貴重な鉱物資源であったため、当時の江戸幕府は銅座を作りその管理をしていました。特に海外に対しての貴重な輸出品であったこともあり、最初は経済の中心地である大阪、その後幕府のある江戸、そして海外の窓口であった長崎におかれました。

現在では長崎市に銅座町という名前が残されています。

 

まとめ

銀座だけではなく金座・銅座という地名も現在残されていることを詳しく紹介してきました。銀座だけではなく現在の地名には過去の歴史に関係しているものが多数存在します。地名から過去の歴史を振り返るのも面白いかもしれませんね。

まずは査定額を聞いてみる

【年中無休】受付時間 9:00〜21:00

まずはお気軽にお電話ください!

  • 初めての方でも親切・丁寧にご対応
  • お近くの店舗をわかりやすくご案内
  • ご不明点はなんでもご相談ください
通話無料
上へ戻る